99回目のしゃっくり

 

異端児ピーナッツコラム
99回目のしゃっくり

 

少しずつ耳から入ってくる雑音が小さくなる。

スローモーションのように時が流れ

目の前の世界がセピア色に染まっていく。

眼に映る人間がこの上なく愛おしく揺れる。

 

今しゃっくりをしながらパソコンに向かっている。

ちなみにボクはしゃっくりがよく出る。

しゃっくりを100回したら死ぬという迷信なんかはまるで信じないが

少し体に不調があると気持ちが暗闇の中へと落ちていく。

ボクは心配性でビビリかもしれない。

なので病院嫌いだがいつもではない違和感を感じた時はしぶしぶ背中を丸めながら診察し検査を受けにいく。

結果が出るまではあれこれ考える。そうこうしてる間に死を意識する。かっこ悪いがそうなのである。

 

人は死を意識し始めると人生が輝きだす。

 

冒頭の文はボクが死ぬのではないかという想いにひたった時の感覚なのだ。

そしてそれはどんどん拍車がかかってくる。

普段何気なくしていることがなんて素敵なことだったのか。

こんなにボクが生きてきた世界は美しかったのか。

生きとし生けるものが幸せでありますように。

ちょっとの不調でここまで思考がめぐるのはなんとも滑稽である。

だがなんでもない時にこんな自分だったならもっと“生きれる”のになと思う。

そしてもう少しでボクは死ぬであろう。

なぜなら、もうそろそろ横隔膜の痙攣が100回を数えるころだからである。

人は死というものが遠く先へあると思ってしまう。

だが人はいつ死ぬか分からない。

 

今の一瞬のきらめきを見逃してはいけない。

 

使い古された言葉だが本当にそう思う。

いよいよ時間が少なくなってきた。

最後に一言だけここに残したい。

「ありがとう。」

ヒッキューッ

パタッン

「あれ?まだ生 。。。

 

この記事を書いた人

異端児ピーナッツ
異端児ピーナッツ
38歳広島県美容師店長ロバ顔。
人と比べてばかりの平凡な20代30代を過ごしてきた。20年間美容師として1000人以上と近距離で接してきていろいろな個性を目の当たりにして自分らしく生きるとは何か、そして自分らしく生きることへの憧れを持つようになった。ポンコツな僕でも自分なりの自由で納得した生き方ができるのではないか?エデンさんからそのエッセンスを学びながら憧れを目指し日々奮闘している。

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